地元の腕利き工房でオーダー家具を(弘前市)

家のどこに置いてもしっくり収まり、
いちばんのお気に入り空間を提供できる椅子。
たとえば、そんな、
それぞれの暮らしに長く寄り添う家具づくりを
 
 
青森県弘前市の市街地を流れる土淵川沿いに、その工房は建っています。車の往来が少ない細い道に面し、暖かな陽射しを浴びて静かに佇むその姿は、工房の主にちょっと似ている気がします。
 
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工房の名は『Easy Living(イージーリビング)』。葛西康人(やすと)さん、利佳さん、陽人(はると)くん、恵太くんという4人のメンバーで構成されたオリジナル家具と木工製品の製作ユニットです。
 
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2011年、工房を青森市から、弘前のこの地に移転。1階が作業場、2階がショールームと商談ルームを兼ねたスペースになっています。
 
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家具や木工作品の製作を担当する葛西さんと、ウェブ関連の製作物などを手がけて、ブランドとしてのEasy Livingをサポートしている利佳さんは、連名で1枚の名刺をつくっています。
連名の名刺は珍しいので、なんの気なしに「お2人揃ってのEasy Livingなんですね」と言うと、「いや、うちは4人でEasy Livingなんです」と康人さん。
そう、この言葉に、この工房の本質が凝縮されていたのです。
 
 
 
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葛西さんは弘前出身。八戸工業大学を卒業後、地元企業に就職し、青森支社でエンジニアとして働いていました。最先端の工業製品の製造に関わる仕事だけに、消費のスピードは速く、次々と新しいモデルを生み出しては、壊していく繰り返し。やり甲斐や達成感はあるものの、少し虚しさもあり…。「自分はこのままでいいのか、この仕事でいいのか」と、悶々とした気持ちで過ごす日々だったといいます。
 
そんな時、ふと思い出したのが、学生時代に憧れた木工の仕事でした。当時はミッドセンチュリーの家具ブーム。流行のイームズチェアに座って、その座り心地のよさに感動した葛西さんは、就職に際し、“家具職人”という選択肢もあるのではないかと考えたといいます。そして、全国の木工作家の作品を調べあげ、「ここだ!」と感じた富山県の人気工房の扉を叩いたのです。
「丁寧に対応してくれましたが、そこで働きたいという気持ちがどこまでのものなのか見透かされていたようで、就職に関しては相手にされませんでした。いまの自分には、先方の気持ちがよくわかります(笑)」
 
 
 
結局、家具職人の道は諦め、エンジニアとして働き始めた葛西さん。しかし、心に居座る引っかかりがどうしてもやり過ごせず、20代半ばから、休日を利用して、大鰐町にある木工工房『わにもっこ』に通い始めます。
「“ひば大学”という、木工製作を基礎から教わることのできる体験講座があるんです。その講座に、月2回のペースで、数年間通いました。そうしているうちに、なんとなく手応えを感じ始めて、やっぱり自分は木工がやりたいんだという気持ちの確認もできていきました」
 
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腹を括り、会社を辞めたのは30歳の時。
「お世話になっていた取引先の方は、退職の理由を知って『オールも帆もない筏で大海原に出て行くようなものだなぁ』と苦笑されていました」
実は、その頃、利佳さんも、出産・育児に備え、多忙で出張も多かったSEの仕事を辞めることを決めていたのです。
「なにもかもがいっぺんに(笑)、でしたね」(利佳さん)
「ぐずぐずしていた期間が長かったですが、30歳までには決断しようと考えていました。だから、とにかく、そのタイミングで宣言し、始めてしまおうと」
一歩踏み出せば、もう後戻りはできない。でも、踏み出さなければ、一生悔いが残る。葛西さんは8年間のサラリーマン生活にピリオドを打ち、すぐさま、わにもっこに住み込んで、4ヵ月間の修行生活を送ったのです。
 
 
そして、2004年からオリジナルの家具や木工製品の製作を開始。『Easy Living』という屋号は、ジャズの名曲のタイトルがヒントでした。
「家具だけにとらわれない印象の名前でいいね、と妻も賛成してくれました」
「家族みんなが笑って暮らせるイメージでいいなぁ、と思ったんです」(利佳さん)
何事も、二人ともがOKを出さないものは却下、がEasy Livingのルール。それは初めから、いまもずっと変わりません。もしかすると、二人が高校のテニス部の先輩後輩として知り合った頃から、ずっとずっと続いているルールなのかもしれません…。
 
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葛西さんの家具製作に対する基本姿勢は、“普通”であること。
「おばあちゃんが昔から使っている食器棚とか、ちゃぶ台とかって、みんな地元の職人さんたちがつくったものだったでしょう。使い勝手よく、丈夫にきちんとつくられていて、頼めば修理もしてくれるから、ずっと長く使い続けられていました。
あの人は腕がいいし、信用できるから、建具屋だけど家具をつくってもらいたいとか、頼まれたほうも、お隣の何々さんならお世話になっているから、使いやすいのをつくってあげようとか、そういう親密な人間関係の中から生まれた家具は、それぞれの家や暮らしに本当にしっくり収まっていたと思うんです。
地元でつくって、地元で使ってもらうことが大事だと思います。流行に流されて使い捨てられるものでなく、何十年も使ってもらって、いつかスタンダードになっていた、そういう家具をつくりたいと思っています」
 
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工房にある椅子は、もちろんすべて葛西さんの作。陽人くんの左横の椅子は、つくってから数年を経ているもの。恵太くんが座っている椅子は、ごく初期に製作したもの。新旧ミックスして置いてあり、デザインもばらばらなのに、全体の雰囲気がしっくりひとつにまとまっています。
 
 
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スツール各種と、子ども用の椅子と机。葛西さんの家具は、木の温もりだけでなく、つくり手の心の温もりが感じられるものばかり。
 
 
使ってくれる相手の目を見て話を聞き、その相手を想いながら、つくる。それこそ“ものづくりの醍醐味”です。ただ、始めの数年間は、クリエイターとしての自らの世界観と、依頼主の要望とのすり合せに悩むことも多かったといいます。
「お客さまに自分が好きなもの、やりたいことを勧めるのは、単なる自己満足で仕事とはいえないんじゃないか、お客さまの要望に応えて初めて仕事として認められるんじゃないかと、自問自答しました。失敗しないことばかり考えて、思うように仕事が進められず、もがいた時期もあります。
ただ、独立から歳月が流れたいまは、Easy Livingの家具に目を留めて依頼してくださるお客さまなのだから、できる限り自分らしい提案を、時には思い切った提案もさせていただこうと考えるようになりました。
家具は決して安い物、気軽に買える物ではありません。だからこそ、お客さまが本当に大切にしたい部分はどこなのかを探りながら、お客さまが望む形により近づけていけるような提案を心がけています。
やりとりをするうちに、お客さまが、じゃあもう少しお金をかけてこうしようとか、やっぱりつくるのを少し待とうとか、それは必要ないなと気づいてくださったり、こちらも、もう少しざっくりした感じでいいのかなと確認したり、そうやって正しい方向に向かっていければいいな、と」
 
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座面の幅や奥行き、角度、背もたれの角度、さらに座面や背もたれの高さなど、体感してもらうためのソファー。張り地を選ぶだけのセミオーダーではない、本物のオーダーソファーの座り心地はいかばかりか…。葛西さんが製作する椅子やソファーは長く座っていても疲れにくいということに、今回の取材で気づきました。
 
 
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作業中、どうしてもテンションが上がらない時は、作業場のあちらこちらにチョークで書きなぐった「best」の文字を眺めて、自らを鼓舞させます。「冬はどうもだめなんですよね」と、ぽつり。雪国暮らしの人間には共感できるひと言でした…。
 
 
建築家からの依頼で、新しく建てる家の施主と建築家双方の意向を反映した家具を製作する機会も増えて来たといいます。住まうご家族の構成や趣味や暮らしぶり、建築家の意図や嗜好をすべて咀嚼し、そのうえでEasy livingのテイストを生かした家具を考える。あるいは、店舗に、その店のコンセプトを視覚的に具象化する家具を納める。そうした仕事を重ねるうちに、Easy Livingの在り方、スタンスもまた、どんどんと明確になってきているようです。
 
弘前市在住の建築家・蟻塚 学氏が設計を手がけた「冬日の家」(第6回東北住宅大賞2012大賞、第33回東北建築賞作品賞)に、葛西さんの家具が納められています。
 
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圧迫感のない低い背もたれ、あるいは、背もたれのない椅子は、脚もほっそり軽やかです。ダイニングテーブルの椅子としてだけでなく、室内のどこに移動して置いて使ってもしっくり収まって、絵になります。
 
 
浅虫温泉にある「浅めし食堂ストンキ店」の個室スペースの家具と、カウンター用の椅子も葛西さんが手がけたもの。老若男女が集い、寛ぎ、語らう食堂にふさわしい、安らぎのある空間になっています。
 
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浅めし食堂ストンキ店    http://www.facebook.com/asameshi
 
 
青森空港近くにある、廃校を活用した「王余魚沢倶楽部」(かれいざわくらぶ)の図書館“王余魚沢文庫”にも葛西さんの椅子が置かれています。
 
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王余魚沢倶楽部  http://kareizawa-club.com/(冬期休業中、5月半ば以降に再開予定)

 
 
葛西さんは、家具や木工製品をつくり始めて、人とのつながりに関しても、思いを新たにしたといいます。
「最近、コラボという言葉をよく使いますが、ものづくりは基本、異業種との共同作業ですよね。家具だって、革や布を張ったり、漆を塗ったり、さまざまな技術の職人の力を借りてつくり上げます。昔からずっとそうやって、他の誰かとつながって、ひとつの仕事を完成させてきたんです。地元でものづくりを続けて行くには、こうした仲間と互いにきちんと支え合う必要があると感じています」
集まって、アイディアを出し合い、試行錯誤を重ねながら形にし、共同のオリジナル商品として発表していく。そんな試みもいろいろと続けています。スプーンづくりもそのひとつ。ベストなフォルムを追求して、さまざまな木地で試作と試用を繰り返しつつ、機能性と耐用性、装飾性を伴った漆塗りのスプーンを製作中です。また、既存の木地に塗を施すのではなく、木地のデザインから起こした新作、津軽塗のプッシュピンも考案しました。
 
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工房の隅にあった端材は、小さな作品になることもあれば、薪ストーブの薪になることも。いずれにせよ、ただ捨てる部分はないということです。
 
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撮影時はちょうど春休み期間中。工房は、葛西家の第2のリビングと化していました。陽人くんと恵太くんが夢中で遊んでいるのは、彼らの出生時のそれぞれの身長の高さの木箱に入った積み木で、名前入り。第一子の陽人くんの誕生の際につくったこの作品は、いまはオーダー可能な商品として存在しています。
 
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陽人くん、恵太くんは、ともに熱中タイプ。遊ぶときの集中力ですら半端なく、陽人くんのネジの選別のお手伝いにいたっては真剣そのもので、もはや仕事。立派にユニットのメンバーの役割を果たしています。
 
 
 
葛西さんに、仕事以外の時間は、何をして過ごすことが多いですか、と尋ねました。
「家族と一緒にいますね。サラリーマン時代といまで、いちばん違うのは、ずるずる残業せずに、頃合いを見計らって仕事に踏ん切りがつけられることです」
 
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葛西さんにとっては、自分らしく生きる道が、家族を大切に生きる暮らしにもつながりました。
身近な人のために、身近な人と一緒にものをつくる。
そこから始まって、Easy Livingの屋号にふさわしい日々を家族4人で体現しながら、暮らしに寄り添う家具や木工製品をつくり続けていきたいと、葛西さんは考えているのです。
 
 
 
 
Easy Living/イージーリビング
Tel  0172-35-8320
青森県弘前市百石町44-1
E-mail  info@easyliving.jp
HP  http://www.easyliving.jp
 
 
 
 
撮影/成田 亮
画像提供(冬日の家、浅めし食堂ストンキ店)/葛西康人 (王余魚沢倶楽部)/©tecoLLC
 
 
 

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